特集/コラム

【エリア特集】2007-07-01

シンガポール・アーツ・フェスティバル2007
~30周年を迎えて~(前編)

Check

このエントリーをはてなブックマークに追加

Yahoo!ブックマークに登録

Clip to Evernote

 今年30周年を迎えたシンガポール・アーツ・フェスティバル(以下アーツフェス)には、世界27カ国から約1,900人のアーティストが集まった。このうち、約1,300人が地元シンガポールからの参加者である。5月25日から約1カ月間にわたって、22の公演と400のフリー・パフォーマンス、展示会やイベントがシンガポール全島で行われた。伝統や人種の境界を越えて、大盛況に閉幕したアーツフェスを振り返る。

■文化的成長を成し遂げたシンガポール・アーツ・フェス 

 1977年、シンガポール・フェスティバル・オブ・アーツと呼ばれていた第一回目アーツフェスが開催された当時は、モビル・オイル・シンガポール、ヤング・ミュージシャンス・ソサイティー(YMS)と教育省が協力して開いたローカルで小規模な国内唯一の芸術祭だった。この当時、シンガポールは「カルチャラル・デザート」(文化的砂漠)と呼ばれていた。経済的な発展は遂げているが、歴史が浅くて独自の伝統や芸術を持たず、大人のための洗練された娯楽が不足していた事情を指して使われた表現である。

 確かに、もしあなたがシンガポールに観光に来るとしたら、まず何をしようと思うだろうか?チャイナ・タウンでの飲茶、ブランド品やエスニック小物のショッピング、それともビーチ・リゾートでのんびりしようか。現在でも、ロンドンやニューヨークのように芸術に触れる旅にしようと思ってシンガポールを訪れる人々は少ない。

 しかし、この30年の間にシンガポールは文化的に著しく成熟した。当初のアーツフェスは市民の芸術的意識を高めて観客を育成する目的が強かったが、1990年代半ばから国際的な芸術祭に地位を高めようとする方針に変わっていった。これに伴い、様々な試みが行われた。アーツフェスは1992年、情報・通信・文化省管轄のナショナル・アーツ・カウンシル(NAC)に運営が委ねられた。そして、1999年には2年に一回から毎年恒例のイベントとなった。公演の質、回数ともに向上を図り、芸術振興のハードとなる公演会場として2002年に最新鋭の設備を備えたエスプラネードが完成した。エスプラネードはショッピングセンターとシアター/コンサートホールが一体となった複合施設で、建設には日本の五洋建設が携わった。

 この劇場だけでもシンガポールを構成する3大民族(中国人、マレー人、インド人)をテーマにした芸術祭に加えて、ダンスやジャズなど計5つの異なるテーマの芸術祭を毎年催している。そ の他にも、世界中から集まったミュージシャンのコラボレーションが楽し める野外コンサートWOMAD、シンガポール・ダンス・シアターによる野外バレエ公演「バレエ・アンザー・ザ・スター」、社会的問題をテーマにした「シン ガポール・フリンジ・フェスティバル」など、一年を通じて様々な芸術祭が楽しめる社会に変貌した。また、市民の間でも趣味でダンスや楽器を習うのが定着したの変化に、アーツフェスが大きく貢献してきたのは間違いない。

■シンガポールの姿を映すアーツ・フェス2007

 今年のテーマは「ブレーキング・バウンダリーズ」(境界を越える)である。西洋と東洋、クラシックとコンテンポラリー、過去と未来、シアター・アートとストリート・アート、そして男と女。それは伝統と近代、様々な宗教や人種が共に暮らすシンガポールの姿でもある。

 アーツフェス前半のハイライトとして、「開幕セレモニー」、横浜をテーマにした展示会「ストリート・ワークス-インサイド・ アウトサイド・ ヨコハマ」についてまとめた。

「シンガポール・アーツ・フェスティバル」-60万人を動員へ

■夢ふくらむ、みんなのアーツフェス

 屋外グランド・パダンで行われた開幕セレモニーを華々しく飾ったのはスペインのラ・フラ・デルス・バウス(以下ラ・フラ)による「ドリームズ・イン・フライト」(飛ぶ夢)。

 ラ・フラは1992年のバルセロナ・オリンピックの開会式を演出したパフォーマンス集団で、会場となる空間に合わせて作品を脚色して、観客に参加を働きかけるといった特色がある。今回の「ドリームズ・イン・フライト」は、空中アクロバットを中心とした約45分間のパフォーマンスである。

 大音量の音楽と鮮やかなレーザーが飛び交う中、8人のパフォーマーを乗せた巨大な空中回転車輪が観客の頭上を移動する。車輪を引っ張るスタッフが客席の中まで入ってくるので、観客自身も一緒に移動しながら見上げる。車輪がせり出してくることにより観客が場内を右往左往して半ば強制的にパフォーマンスと一体となるのは当地の人にとって貴重な体験。

 空中車輪が地上に下りると、パフォーマー達が観客に挨拶をしながら周り、次第に何者かを探して散らばり始める。いつの間にか観客の中に、NASAの作業服のような真白い衣装に身を包んだ人々が混じっている。ラ・フラのメンバーは彼らをロープに繋ぎ、今度は空中にこの36人が舞い上がる。闇に白い人形が映し出されて、心臓音と共に動き始める。徐々に動きは音楽と共に大きくなって、36人が空中で同じ動きをするのは中々の迫力である。フィナーレには花火が打ち上げられ、ここにアートフェスティバル2007が正式に開幕した。


 フィナーレを飾ったこの36人は、シンガポールで募集されたボランティアである。募集で集まった36人の練習は本日直前の2日間、合計10時間程だけだったという。ミーラさん(学生・20歳)もナショナル・アーツ・カウンシルの新聞広告を見て応募した一人だ。「怖くなかったの?」という質問に「全然!眺めがとてもいいし、花火が地上にいるよりとても近く見えるの」と眼を輝かせながら答えてくれた。ボランティアの人種や職業はバラバラだが、やはりある程度の体力を必要とするため年齢層は比較的若かったという。今後も今回の様に一般市民がフェスティバルに参加できるチャンスが増えていくことを期待したい。

 シンガポールの芸術関係のイベントでは駐在員や富裕所得者層が観客の大部分を占める場合が多い。しかしこの開幕セレモニーは野外の自由席だったせいか一般の家族連れも多く、世代や人種を超えた様々な人々が参加していて「みんなのアーツフェスト」といった雰囲気をかもし出していた。

■街の個性を物語るストリート・アート

 5月31日~6月18日 「ストリート・ワークス-インサイド・ アウトサイド・ ヨコハマ」。 ショーン・グラッドウェル&クレイグ・ウォルシュ、オーストラリア人のビジュアル・アーティスト2人がとらえた、横浜のストリート・カルチャーの展示会である。ビデオ映像と写真により構成されている。
例えば最先端のストリート・ファッションに身を包んだ若者が一人、無造作に地下鉄電車の中を歩く。突然、ブレイク・ダンスを始める。ヘッドスピン、つり革につかまっての回転、ドアを駆け上がっての回転など、プロ級のテクニックを披露する。そして、何事もなかったかのようにまた歩き出してまた踊り始める。まるでMTVのPVかCMのような格好良さだ。 

 ショーン・グラッドウェルさんは、「若者が公共空間でストリート・ダンスのパフォーマンスを行う」というコンセプトに基づいて地下鉄の中、駅の構内、ショッピング・センターや街中の歩道など横浜の様々なシーンで撮影を行っている。

 駅やショッピング・センターなどは世界中共通の風景なのに、そこから伝わる空気は間違いなく日本の都市だ。映画「ロスト・イン・トランスレーション」や「ワイルドスピード3:東京ドリフト」で描かれた様な人の混雑。だがそこには、他人との距離の置き方において絶妙のバランスが存在する。公共空間にも、他人は干渉しないという不文律が存在する個人の空間ある。

 映像の中に映る電車の中の乗客は、目の前で激しいブレイク・ダンスが始まったのに皆何も見ていないかのように振舞う。確かに目に入っているのだろうが、皆携帯電話や雑誌から視線を上げようとしない。シンガポールだったら、みな好奇心を露にするだろう。電車や駅など世界共通の公共空間を背景に撮影しても、そこを行き交う人々により国の個性は確かに表れる。

 公共空間のストリート・アートとしてショーンさんが選んだ題材の一つは、ローラーブレードである嵐の迫った海岸線ギリギリの位置で、ショーン自身がローラーブレードに乗ってターンを繰りかえす。一歩間違えば、海に落ちる危険なパフォーマンス。公共の限られたスペースを活用しきるために、高度なテクニックを伴うアクロバティックな動きが生まれる。

 対するクレイグ・ウォルシュさんは、倉庫のミニチュアの窓を覗き込んだ観客の映像が壁に映し出されて作品の一部を構成するという試みで、室内と室外、見る者と見られる対象の関係を覆す。また、横浜の展覧会で野外に設置したミニチュアを覗き込むビジターを箱の内側から撮影した映像、倉庫の中の背景、展示会場を動き回るビジターの映像が合成されて別の壁に映し出し、まるで巨人が倉庫のなかのビジターを鑑賞しているようなユーモアのある映像を作り出している。彼の作品では、横浜とシンガポールの距離、野外と室内の空間が消滅する。

 他にも、書道の掛け軸を背景にしたアクロバティックなマウンテンバイクの写真など、思わずはっとするような感性の映像が並ぶ。外国人から見た日本の魅力は、伝統美とモダンなスタイリッシュさが共存するところにあるのだろうか。

 二人のオーストラリア人の捉えた場面は「ゲイシャ、フジヤマ」的な偏った日本美でない。同世代のストリート・カルチャーを捉えた映像からは、作り手の若さと勢いが伝わってくる。また、ユース・カルチャーはボーダレス化が進んでいるのがわかる。

 シンガポールでもオーストラリアでも、駅の構内や広場などの公共スペースでMTBやローラーブレードの練習をするティーンエイジャーを見かける。大人がグローバリゼーションや国際化などと声高に叫んでいるのを横目に、とっくの昔に彼らは同じ文化を共有している様だ。

 ショーンさんとクレイグさんが破ろうとしているのは、きっと「ハイ・アート」(高尚な芸術)と「ロウ・アート」(大衆芸術)、「シアター・アート」と「ストリート・アート」、「ポピュラー」と「サブカルチャー」の境界線だ。それはきっと、シンガポールでもオーストラリアでも日本でも、街(ストリート)から若者の手により壊され始めているのだろう。


後編を読む


遊森+シンガポール経済新聞編集部

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://singapore.keizai.biz/column/1/trackback.html

特集/コラム一覧

最新ニュース

ヘッドラインニュース一覧

フォトフラッシュ

星でヒップホップダンス選手権-ゲスト審査にマイケル・ジャクソンのバックダンサー

 「West Coast Plaza」(154 West Coast Road)で5月12日から、ヒップホップダンス選手権「Singapore Best Dance Crew(略称=SBDC)」が開催される。 故マイケル・ジャクソンさんのコンサート「This Is It」のバックダンサーに選ばれた一人でもある、ダンサーのデビン・ジェイミソンさんを決勝戦のゲスト審査員に招く。
[拡大写真]

フォトフラッシュ一覧

アンケート

マリーナベイ・~(興味あるものをひとつ)

アクセスランキング

  1. 星発アニソンアイドルがニューシングル-業界初3カ…
  2. シンガポール西部の湖畔でチャリティーランニングイ…
  3. ホッケンミーの人気店「泰豊」の味、東京・表参道へ…
  4. シンガポールで総合アートフェス-伊藤キムさん「お…
  5. 日系オンデマンド印刷企業「アクセア」、シンガポー…
  6. 星で希少なウイスキーを楽しむイベント―日本からは…
  7. 星でヒップホップダンス選手権-ゲスト審査にマイケ…
  8. オーチャードロードにコワーキングスペース-起業家…
  9. 星のパーカッショニストがコンサートーデビューアル…
  10. シンガポール西部最大級の商業施設「JCUBE」開…

アクセスランキング一覧

配信スタイル