特集/コラム
シンガポール日系企業における「危機回復期の経営戦略」
依然厳しい見通しが示されている世界経済。地域経済統合が加速する中、アジア地域のハブと位置づけられるシンガポールで事業展開する日系企業現地法人にとって、今後どのような戦略が必要なのか。また、シンガポール経済の現状、政府の方針はどのようなものなのか。
今年2月、人材紹介会社ピープルサーチの主催で開催された、在シンガポール日系企業の経営者を対象にした「シンガポール日系企業経済フォーラム」の講演者の話をまとめた。
■アジア経済と「アジア経済戦略」
今年、日本はAPEC(アジア太平洋経済協力)の議長国を務める。APEC事務局・日本代表プログラムディレクター・河本雄さんは、アジア経済・アジア市場についての重要性と戦略について講演を行った。
「昨年は金融危機の余波が、世界の実態経済に大きく波及した。2008年秋以降、大幅な世界経済の悪化を受け、09年は日米欧等先進国の需要が喪失。表1は昨年10月にIMF(国際通貨基金)が作成した資料を図式化したものだが、昨年の最低数値から2014年まで上昇傾向にある。上昇している国の半分以上がいわゆる新興国であり、その大半がアジア地域。つまり、これらの国々が、世界の経済成長をけん引していくことが予想されるということです。世界GDPの4分の1を占めるアジアをはじめ、新興国への期待が高まっています」

河本さんによれば、アジア市場は大きく成長する地域として期待されている。背景には、中間層(ボリュームゾーン)の市場が大きく伸びていること、貯蓄率が非常に高いことが挙げられる。少子高齢化で市場が縮む日本は、アジアの市場を日本の内需と捉え、高い成長が期待されるアジアとともに成長することが経済戦略の基本ではないかと提案する。 
「アジアの中間層は日本の『三種の神器(白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫)』や『3C(クーラー・カラーテレビ・自家用車)』の時代の消費者に相当します。この中間層をターゲットにした廉価な商品の開発が重要なのでは」と河本さんは話す。実際にアジアでは女性向けの日本のファッション誌を現地語訳したものや、日本食材、飲食店、ドラえもんやキティなどのキャラクターが人気を集めており、今後も大きなビジネスチャンスがあるとみている。

■シンガポールの日系企業支援
シンガポール政府は、法律や融資の面などから積極的に企業を誘致する姿勢が評価されている。経済恐慌の影響を受けて、その政策に変化はあったのか、今後の見通しはどのようなものなのか。Singapore Economic Development Board(シンガポール経済開発評議会)・アジア太平洋担当局長リム・コック・キアングさんの話をまとめた。「人口500万人の多民族国家、シンガポールの主要産業は製造業とサービス業の2つ。しかし2008年のリーマンショックの影響で、景気の低迷につながった。世界需要の冷え込みでかなりの輸出不振にも陥り、特に2008年の第4四半期から経済が失速した」。当時、カジノやテーマパークなど多くの開発事業が建設途中だったが、経済不振の影響で工事が一時中断され、2009年の初頭には港のクレーンが動かず止まったままという景色も少なからず見られた。
当時、カジノやテーマパークなど多くの開発事業が建設途中だったが、経済不振の影響で工事が一時中断され、2009年の初頭には港のクレーンが動かず止まったままという景色も少なからず見られた。
シンガポール政府は景気対策として、まずは金融システムの安定化を図った。通常2月に組む予算を、昨年は1月に発表。中小企業の融資の支援、失業者の支援を含む積極財政の方針を打ち出した。
雇用対策として掲げたのが「プレップ・アップ(PREP-UP)雇用プログラム」。景気後退の中でも企業が雇用を維持し、景気好転に向け、科学・エンジニア・技術分野の人材能力を強化するため、1億シンガポールドルを投資。2009年末までに5,600万ドルの補助金が90社に支給され、2,800人の技術向上に充てられた。
「同プログラムには狙いが2つあった。一つは企業をサポートすることによって、失業率を低く抑えること。もう一つは、人材や技術のアップグレードに重点を置いてサポートすることで、次の好景気に乗り遅れないように準備すること」とリムさんは話す。
「政策の効果もあり、失業率の上昇はある程度のところで抑えることができた。今後も政府は積極的にサポートを図り、安定を目指していく。好況時も不況時も、企業と手を組んでサポートしていくのがシンガポール政府の方針であり、支援対象の中には日系企業も含まれていた。日系企業もそのような長期的な競争力を考えながら戦略を立てていくところが多いので、シンガポール政府との方針は一致しているのでは」
■2010年の見通し
「シンガポールは東南アジアの中心であり、ビジネスの拠点としてインドや中近東にもアクセスが良いという地理的な魅力がある。シンガポールオフィスに統括機能を持たせて、東南アジア、南アジアの事業展開を行っていくだけでなく、アジアの顧客に合わせた商品づくりをシンガポールから発信するというケースも多くなってきた。シンガポールのハブ機能を生かして、東南アジア、南アジアの管制塔としての役割を担うことが期待されている」
「技術革新の面では、世界の都市化によって引き起こされる問題、例えば水問題やエネルギー問題などの対策を、シンガポールで実証・実践することもできる。十分な水源を持たないシンガポールでは水不足が恒常的な問題となっているが、その解決策や新技術を企業とともに生み出していくことが期待される」
「人材については、シンガポールの多民族性や共用語が英語という点がメリットに挙げられ、さらに政府も外国人の受け入れに関してオープンであることをリムさんは強調する。「経済を発展させ、高いレベルのライフスタイルを保つことで、世界から人材が集まる拠点として育てていきたい。そうなれば、企業もシンガポールで優秀なグローバル人材を確保できるようになる。日系企業にとっても、アジアでビジネスを広く展開するために必要な管理職育成の場として、シンガポールは最適な場所なのでは」
■具体的事例を通してのケーススタディ
海外初進出の場としてシンガポールを選んだり、新たな試みを次々と導入したりする日系企業も少なくない。
JTBグループ本社の100%出資事業持株会社となる、シンガポール現地法人「JTBアジアパシフィックグループ本社」は、アジア・パシフィック地域9カ国で12社20拠点を展開する。当初は日本からの旅行者に現地でのホテルを手配するインバウンドがビジネスの中心だったが、シンガポールでは昨年2月にコンサルティング事業を別会社として立ち上げたほか、今年1月にはシンガポールから日本への旅行を手配するアウトバウンドをメーンとする支店を立ち上げるなど、近年は新たな事業分野開拓を進めている。
「環境・エナジー先進メーカー」への変革を進める三洋電機は、昨年10月に三洋アジアが三洋空調製造を吸収合併。太陽電池をはじめとするエネルギーソリューション事業に取り組む組織へと再編し、ASEAN諸国やオーストラリア、インドの販売会社を統括する。今年1月には、セントーサ島の総合リゾート施設(IR)「リゾート・ワールド・セントーサ(RWS)」にシンガポール最大規模の太陽光発電システムを納入するなど、エアコンメーカーからのイメージ脱却を進めている。
ユニバーサル・スタジオにシンガポール最大の太陽電池-三洋電機が納入
■「宅急便」ビジネスモデルを海外本格展開
通常貨物対象の「TA-Q-BIN」、
シンガポール初の冷蔵・冷凍品宅配サービス「COOL TA-Q-BIN(クール宅急便)」と支払い決済サービスの「TA-Q-BIN COLLECT(宅急便コレクト)」。社員数は50人(うち日本人は3人)、営業所5カ所(サテライト1カ所含む)。シンガポール国内は当日、翌日配達を行う。
企業からの小口貨物を中心に取り扱う一方で、個人市場の開拓も進めている。初年度は40万個、10年後には年間800万個の取り扱いを目指す。シンガポール以外でも、中国・上海で営業を開始しているほか、中国各地や東南アジア諸国の進出を考えている。
荷物を集配するSD(セールスドライバー)と呼ばれるスタッフの人選では、ドライバー経験者以外からも幅広く応募を受け付けた。「シンガポールでは配達業務は接客サービスの一つという概念があまりなく、そこから変えていかなければならない。そのためSDの採用にあたっては、営業職やサービス職経験者に特化しました」とマネージング・ディレクターの戸田直樹さんは話す。
SD採用者32人の職歴は、電子業界セールスマン、不動産業コンサルタント、ホテルマネジャー代理、自動車教習所インストラクター、飲食業界ドライバーなど多岐にわたる。「宅急便のイメージを醸成し、自らの役割の認識を構築するため、社員研修は日本で実地研修を行いました。実際に日本のSDを同乗して宅急便実務を体験してもらい、セールスパーソンとしての意識付けを図りました」。日本のSD経験者から選抜した5人の「集配トレーナー」がシンガポールを訪れ、当地でノウハウを伝えるプログラムも実施したという。
戸田さんは「今後はチームとしての一体感を深化させるとともに、評価制度を確立することで、人材の育成と定着化を進めていきたい。『一度は働いてみたい会社』と言われるような企業ブランドを確立していきたい」と意欲をみせる。
シンガポールで「TA-Q-BIN」開始-ヤマト運輸、海外初展開
今、世界経済の牽引役として注目されるアジア各国。従来の生産工場としてのとらえ方だけでなく、市場としての成長も見込まれる。日本企業も、国内のみならずアジア進出を視野に入れた企業展開を検討するべき時期が来たのではないだろうか。企業誘致に積極的な姿勢をみせるシンガポールが、そのきっかけや足がかりとなる可能性は多いにありそうだ。
シンガポール経済新聞編集部
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