特集/コラム
シンガポール・アーツ・フェスティバル2007
〜30周年を迎えて〜(後編)
後半のハイライトは、世界的な中国人指揮者タン・ドゥンさんとシンガポール・シンフォニー・オーケストラ(SSO)による「ザ・マップ&ペーパー・コンチェルト」、「Time Out」(ドイツ)についてまとめた。
■対極にある異なる世界をつなぐ指揮者、タン・ドゥン氏
映画『HERO』や『グリーン・デスティニー』などの映画音楽を手がけ、グラミー賞やアカデミー賞の受賞者として知られる指揮者/作曲家タン・ドゥンさん(譚盾)の中には、一切の境界線が存在しない。彼にとっては、この世に存在するあらゆる音が音楽に成り得る様だ。
プログラム第一部の「ペーパー・コンチェルト・フォー・パーカッション・アンド・オーケストラ」は、3人の日本人女性パーカッションニストが紙でできたオリジナル楽器を操る。天井から下がる垂れ幕を叩く音、張扇(はりおうぎ)の開閉する音、手で紙を破る音、床に無造作に積まれた
ダンボール箱を叩く音、そしてオーケストラが楽譜をめくる音。タン・ドゥンの手にかかると、紙のたてる雑音が音色に変わる。約20種類もの異なる紙質を組み合わせており、タン・ドゥン自身は「音楽の折り紙」と表現している。
日本人パーカッショニストを起用した理由については、「日本人ほど繊細さと大胆さを兼ね合わせる音楽家はいないから」タン・ドゥンさんは話している。
リード・パーカッショニストを務めた藤井はるかさんによると、「一歩間違えると紙は手にした時にゴミのように見えてしまうこともあるので、どのように持ったら楽器として観客の目に映えるかにまで細かく気を使った」という。実際、演奏する3人の動きはダンサーのように美しい。演奏とプレゼンテーション共に、ヴィジュアル・ミュージックを掲げるタン・ドゥンも絶賛する表現力だった。タン・ドゥンは自分の表現したい世界の明確なヴィジョンを持ちながらもスコアに即興的な部分もあり、演奏者に表現の自由を与えてくれるので藤井さん自身も楽しんで演奏できたという。
第2部の「ザ・マップ:コンチェルト・フォー・チェロ・ビデオ・アンドオーケストラ」は、タン・ドゥンさんが観客と分かち合いたいとてもパーソナルな地図だそうである。
タン・ドゥンさんは湖南省・長沙市に生まれ、幼少の頃から冠婚葬祭の儀式を行うシャーマンの音楽に強い興味を持っていた。「私が音楽を作るのか、音楽が私を作るのか」故郷の村を訪れて、思い出を語った言葉である。タン・ドゥンさんにとっては、シャーマンと指揮者の役割は同じなのだという。前世と来世を繋ぎ、私達の日常と「あちら側の世界」の橋渡しをする存在。文化革命後に中国で公演を行ったカラヤンの演奏を聞いて、「観客を別世界へと連れて行く彼はシャーマンだ。自分もああなりたい」と強く感じたそうである。実際、東洋音楽と西洋音楽、伝統楽器とオリジナル楽器、音楽とヴィジュアル・アート、対極にあるかに見える異なる世界の境界を越えるのみでなく、一つの芸術として融合させる力を持つタン・ドゥンさんはまるでシャーマンのようだ。
1999年、ヨー・ヨー・マとボストン・シンフォニー・オーケストラのために依頼された作曲のインスピレーションを求めて故郷の湖南省に戻ったタン・ドゥンは、多くの伝統音楽が消えつつあることに心を痛めた。失われた音楽に辿り着く地図、それがビデオ・シンフォニー「ザ・マップ」である。
ビデオ・シンフォニーとは、舞台の上とビデオの中の演奏者が一つのオーケストラとなって演奏することである。舞台の後ろと両脇に設置されたスクリーンに写し出されるのは、音楽を伴う様々な儀式である。シャーマンの仮面舞踊で奏でられるシンバルとオーケストラのパーカッション、山岳民族の「タン・ソング」(舌の立てる音を使った民謡)とチェロが、タン・ドゥンさんの指揮の下で一つとなってハーモニーが作り出される。
中国音楽とクラシック音楽の訓練を受けた彼は、異なる文化を背景にする音楽が共演することを「1プラス1は2ではなく、1になる」と表現している。異なる音楽を作品として一つにまとめる際に重要になってくるのは、哲学と構成だという。「世界には音楽が溢れているが、構成がなければ全てが無に帰す」と語っている。最初に彼の中でコンセプトがあって、音楽と映像が同時に生まれるという。揺らぐことのない自分の世界が確立されて初めて、あらゆる表現方法を取り入れられるのだろう。

「ザ・マップ」に使われるビデオは全てタン・ドゥンさん本人によって撮影され、そのこだわりは「ビジュアル・アーティストになっていれば良かった」と時々悔やむほどだという。とりわけ「タン・ソング」を歌う苗族(ミャオ族)の若い女性の、天真爛漫な笑顔は印象的。彼女達の生活はいつも音楽と共にあり、誕生から死まで、日々の思いを託して歌い上げる。出会いの喜び、別離の悲しみ、日常全ての出来事を歌に昇華する。音楽は神聖な儀式でもあり、身近な娯楽でもある。村人全員が音楽家であり舞踊家である。
アーツフェス最初の1週間を振り返ってみると、テーマの豊かさに驚かされた。タン・ドゥンさんのような世界的に名声を確立した音楽家を呼ぶ一方で、若手ビジュアル・アーティストの無料展示会も平行して催している。年代やジャンルに関係なく、誰もが自分の興味のある作品をアーツフェスで見つけることができるだろう。また、作品テーマや参加アーティストに日本との関わりが強く感じられたのにも驚いた。
現代中国を代表する作曲家が星のオーケストラを指揮
そのほかシルヴィ・ギエムさんなどの一流アーティストの公演に加えて、日本人アーティストでは勅使河原三郎さん率いるKARASが100年の歴史を持つビクトリア・シアターで公演を行った。
その一方でフランスやメキシコの大道芸・音楽を街中で楽しめ、地元のアート・サークルや学生による公演をコミュニティーセンター(日本の公民館に相当)へ気軽に普段着で観に行くこともできた。開幕・閉幕セレモニーも含めて子供連れで楽しめる幅広いプログラムが用意され、普段は「敷居が高いから」「子供が小さいから」などの理由で芸術から遠ざかっていた人達にも、芸術に触れるチャンスが平等に与えられるなどの配慮がなされていた。南国のアーツフェスは、さまざまな熱気に包まれている。
■日に日に盛り上がってゆく熱気
約1カ月に及んだ「シンガポール・アーツフェスティバル 2007」を締めくくるイベントとして、ジュロン・イーストの空き地でドイツの
アンタゴン・シアター・アクションによる「タイム・アウト」が6月22〜24日にかけて開催された。アーツフェスをできるだけシンガポール国民全員に身近なイベントにするべく、あえてシンガポールの中心地から外れた地域で毎年閉幕セレモニーが行われている。無料イベントであることから、普段は芸術鑑賞を楽しまない層にも自然な形で参加してもらおうという試みである。実際、会場には近くの公団から来たと思われる、普段着の家族連れが大部分だった。野外に設置された会場で、隣に座った初老の婦人がお菓子を周囲に勧めるようなリラックスした雰囲気に包まれていた。
古代地中海の劇場を髣髴とさせるような、観客席から見下ろすように設置されたステージの上には中身をくりぬかれた巨大な半円柱が並ぶ。やはり神話の登場人物をイメージさせる半人半獣の仮装をしたパフォーマーが高い竹馬に乗り、アクロバティックな演技を繰り広げる。明確なストーリーはないが、囚われた半人半獣達が鎖を破って逃げ、新しい「時間」の命の誕生を祝うセレモニーを繰り広げる。炎に包まれたギターの演奏、火の球を振り回す悪魔、そしてフィナーレは円柱から炎が上がり、床一面に広がるという炎をふんだんに利用した迫力のある舞台で、観客からも大きな歓声が上がっていた。ステージ終了後は、観客とパフォーマーの間で写真撮影や質問などの交流が自然に行われていた。
アタゴン・シアター・アクションの主宰者は日本で暗黒舞踏(土方巽が1961年に活動を始めたコンテンポラリー・ダンスの様式で、前衛芸術の一つ)を学んでおり、全身白塗りの化粧など演出にもその影響が見て取れた。現在、広島の原爆をテーマにした作品を構想中でタイトルは「GINGKO(銀杏)」と、原爆に焼かれながらも驚異的な生命力で3年後には緑を取り戻した被爆樹の名前を付けることを決めているという。
来年には完成予定で、ぜひシンガポールに戻ってきて上演したいと話してくれた。シンガポールの観客の印象は、「少しシャイみたいだね。初日は炎にびっくりしていたみたいだけれど、日を追うごとに反応が良くなっていて、今日は大分楽しんでくれていたよ」と感想を話してくれた。
アーツフェスは24日をもって終了したが、シンガポールではこれからも8月には野外音楽祭「WOMAD(World of Music and Dance)」、9月には中節祭(旧暦の8月15日にあたる日本のお月見のような行事)を祝って京劇を上演する「ムーン・フェスティバル」、10月にはダンス・フェスティバル「da:ns」など、まだまだ世界中からアーティストを集めたイベントが控えている。当分、熱気は冷めそうにない。
前編を読む
遊森+シンガポール経済新聞編集部
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://singapore.keizai.biz/column/2/trackback.html