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「魅せるサッカー」と「勝つサッカー」は矛盾しない。
僕たちがボールをつなぐのは試合に勝つためです。 【後編】
―アルビレックス新潟・シンガポール監督 杉山弘一さん

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90分間プレーできる体力作りを重視したトレーニング

今年のSリーグは24試合と、昨年よりも9試合少なくなりました。これによって開幕前の準備なども変わりましたか。

 まったく変わっていません。僕らは1年間を通して考えるのではなく、開幕前の練習は初戦のため、次の1週間の練習は次の試合のためにトレーニングしています。だから33試合でも24試合でも考え方は基本的に一緒です。シーズン前に走り込みをして1年間戦える下地作りをするという発想もありますが、実際のサッカーではフィジカルだけでなくメンタルや戦術的な要素も大きく関わってきます。シーズン前にいくら走り込んでも疲れるときは疲れるし、走り込む体力がついてもチームとしての戦い方が明確になっていなければうまくいきません。

トレーニングではどのような点を重視していますか。

 普段のトレーニングでは、フィジカルを鍛える際にもボールを使うようにしています。サッカー選手に必要なのはボールがない状態でグラウンドを走り回る体力ではなく、サッカーを90分プレーできる体力なんです。  前の試合でのプレー内容やチームの状態、次の対戦相手などによって、選手たちにインプットさせたい内容もそのためのトレーニング方法も変わるので、練習メニューは毎週新しく考えています。たくさんあるトレーニング方法の中からどれを選んで、どのくらいの時間でやるかは、その都度練らなければいけませんし、練習中に選手の状態を見て変えることもあります。毎週違った練習メニューを作るのは、ものすごく時間がかかります。でも、いろいろトレーニング方法を考えるのはものすごく楽しいんです(笑)。大好きなサッカーのことを考えればいいので、全然辛くないんですよ。

「育成」と「勝利」を両立し、Sリーグ優勝を目指す

指導する際に気をつけていることはありますか。

 頭ごなしに指示を出すのではなく、選手たちの判断を尊重するようにしています。例えば、試合中に指示を出す時にも、ただ「ディフェンスラインを上げろ」と指示するのではなく、「ラインが低いのは理由があるのか?」と選手に確認して「ディフェンダーに疲れがある」という理由であれば、前線の選手を下げることで全体をコンパクトにするように指示します。監督の指示に従うばかりでは、自分たちで判断できなくなります。自分たちで考えるようになれば、どんな場面でも自分たちで答えを見つけていくことができるはず。もちろん怒らなければいけない時は怒りますが、感情にまかせて怒るようなことはしません。とはいえ、僕も人間ですから、勝ったら嬉しいし、負けたら悔しいですけどね(笑)。

若い選手が多いアルビレックスで、杉山監督自身は「育成」と「勝利」のどちらを重視していますか。

 僕の中で答えは明確です。それは「どちらも重視する」です。選手を育てることと勝利を求めることは矛盾しません。「魅せるサッカー」と「勝つサッカー」が両立できるのと同じだと思い

ます。実際に去年はSリーグのビッグクラブに移籍する選手も輩出できましたし(井畑翔太郎選手がホーム・ユナイテッド、櫻田真平選手・乾達朗選手がシンガポール・アームド・フォーシズFCにそれぞれ移籍)、カップ戦のタイトルやリーグ戦での優勝争いといった結果を残すこともできました。「育成」と「勝利」の両方を目指すことについては、(アルビレックスの)是永社長も同意してくれています。

アルビレックスで監督をしていて大変なことはありますか。

 ないですね。本当に最高です。アルビレックスは選手も毎年大きく変わるし、道具や設備などで足りない面があるかもしれません。だけど、僕はそれらを大変なことととらえるのではなく、そこにやりがいを感じているんです。

昨年はリーグカップで優勝し、リーグ戦でも終盤まで優勝争い加わりました。監督就任2年目で結果を出したところで、日本に帰るという選択肢はありませんでしたか。

 日本に帰ってJリーグで指導をすることは、現時点ではあまり意識していません。60歳まで現役で仕事をすると考えた場合、(現在40歳の)自分の残り時間はあと20シーズン。その限られた時間の中で、自分がやりがいを感じられる仕事をしていきたい。今年シンガポールに残ったのは、そこにやりがいを感じたからです。この2年間シンガポールでとても幸せな時間を過ごすことができましたし、ここで出会った人たちに感謝したいという思いもあります。

杉山監督の指導者としての目標はなんですか。

 今は海外で指導者やサッカーの仕事をすることに魅力を感じています。Sリーグの他チームで監督をすることにも興味がありますし、指導者としてヨーロッパにも行ってみたい。選手たちに「どんどん挑戦しろ」と言っておいて、指導者自身が挑戦しないのでは言葉に説得力がありませんからね。日本人監督が海外リーグに行けない理由には、日本のサッカーがまだまだ認知されていないという点と言葉の問題があると思います。語学は自分の中でも課題の一つです。地元メディアとのインタビューの際にこれまでは通訳を介していたのですが、今年からは自分で話せることは片言でも直接話すようにしています。シンガポールに来ているのに日本語しか使わないのでは、相手に対するリスペクトが足りないのではと感じましたたから。今年はそんなトライもしていきたいです。

最後に今シーズンの目標を聞かせてください。

 チームの目標は優勝です。そのために一つひとつのトレーニング、試合への準備にこだわっていき、勝つ確率を1試合ずつ1%でも高めていきます。その結果として観客の皆さんが楽しんでくれれば最高ですね。選手たちには「サッカーをもっとうまくなる」「海外のクラブに行く」といった人生のステップアップを考えるだけでなく、「この1年を充実した時間にしよう」ということも伝えています。このメンバーで、この時間に、この場所でプレーできるのは今年だけです。10年後に振りかえったときに「あの1年は本当に面白かったな」と感じられるような思い出深い1年にしてほしいと思っています。

(おわり)

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杉山弘一(すぎやまこういち)さん 

1971年10月27日生まれ。大阪府出身。大阪商業大学を卒業後、Jリーグ・浦和レッドダイヤモンズに入団し、攻撃的な左サイドバックとして活躍。その後、ヴェルディ川崎(東京ヴェルディ)、アルビレックス新潟でもプレー。2003年に現役を引退した後、浦和レッズのサッカー普及部門「ハートフルクラブ」のコーチとして6年間にわたり幅広い年代のサッカー指導に携わる。2007年には日本サッカー協会公認S級コーチングライセンズを取得。2010年からアルビレックス新潟・シンガポールの監督に就任。2011年にはSリーグ最優秀監督賞を受賞。

アルビレックス新潟・シンガポールHP