特集

【Singapore Arts Festival 2012特集】
シンガポール版「おやじカフェ」を実現
ー振付家・ダンサーの伊藤キムさんに聞く(前編)

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「おやじカフェ」をはじめたきっかけは?  

 「一番遠いところにいる人たちを、ぐいっと近づけてみよう」と思ったのが動機ですね。劇場に足を運ぶお客さんは、普通20~30代の女性がほとんど。その対極にいるのが、40~60代の中高年男性やサラリーマンたち――いわゆる「おやじ」です。前々から、そういう人たちと一緒に何かやってみたいと思っていたところに「フェスティバル・トーキョー(略称=FT)」から「演劇祭のインフォメーションセンターか何かをやって欲しい」という依頼が来ました。単にビラを配るだけの場所になってはつまらないので、何かアイデアを出して欲しいと言われて。そこで「おやじだけのカフェを作るのはどうですかね?」と提案したのが始まりですね。

どんな所が「おやじ」の魅力なのでしょう?

 おやじに限らず、おもしろいのは素人なんです。僕のワークショップでは、基本的にダンス経験者も未経験者も一緒にやりますが、長い間ダンスに携わっている人は、すでに身につけている技術が邪魔をして、その人自身が見えてこないことがあります。逆に、未経験者つまり素人は、技術を一切持っていないので、いざ「ダンスをやってみましょう」ということになると、「ああー」とか言いながら、動かない体を一生懸命に動かす。もちろん、思うように動くことができないのだけれども、不器用なりに一生懸命にやっているので、そうするとその人自身が見えてきて、これが非常におもしろいのです。
 さらに、おやじたちはその中でも群を抜いておもしろい。もちろん、ダンスはめちゃめちゃ下手ですし(笑)、他の未経験者に比べても、体が固かったり、恥ずかしがったりで、時間がかかります。でも、ちょっとボタンを押すと、ワーっと突っ走っていく。そういう小学生のような無邪気さがおやじたちの魅力です。
 「おやじカフェ」は、舞台芸術から一番遠い所にいるおやじたちを引っ張ってくる、という社会的な意味合いと、「おやじおもしろい」という、ワークショップによって発見した自分の感覚から生まれました。

川べりにたたずむ、シンガポール版「おやじカフェ」(Bridge Cafe Project)

「おやじ」の創造力を引き出す「スイッチ」はどこにあるのでしょうか?

 「お客さんをいかに楽しませるか」という使命感や責任感によって、おやじたちはがらりと変わります。もちろん僕は「お客さんをどうやったら楽しませるか、もてなすかを考えましょう」と、プロジェクトの初めから言葉をかけるのですが、そんなこと言われたって、簡単には行きません。おやじたちは踊ったこともないわけだし、「恥ずかしい」とか「体が動かない」とか言っているわけですね。 ところが、本番の前日とか、本当に直前になって「明日は、この場所にお客さんが来るんですよ。お客さんのことをもっと強く意識してください」と促すと、おやじたちは激変します。初日が来て、実際にお客さんがいい反応を示したりすると、自分たちがやっていることが、他の人に対していい影響があるとわかる。そうすると、自分たちがやっていることに自信がなかった人たちでも、ぐんぐん積極的になっていくし、「次は、こういうことをやってみよう」という風に、自発的なアイデアもどんどん出てきます。
 僕がおやじカフェをやりたいと思った動機は実はもうひとつあるんです。参加者に「新しい自分を発見してほしい」という考えです。普段、人は家族とか仕事とか、その他些細な日常のなかに紛れて生活をせざるを得ません。日常という淀みの中にいて、あまり新鮮味のない毎日を送っている人たちもいます。そういう人たちがダンスを通して新鮮な気持ちになってもう一度自分を見つけ出す、そういうきっかけになったらいいと思っています。おやじたちに「お客さんを楽しませよう」という使命感や責任感をちらつかせると、今まで日常になかった自分を発見したり、青春に戻ったりする瞬間があるみたいで、そういうのを見ていると自分も楽しいですね。

おやじたちのアツいおもてなし

おやじカフェでは、絶妙な「ヘタウマ」の世界が確立されています。

 しかし、僕が作ろうとしているのは「ヘタウマ」ではないんです。「ヘタウマ」というのは、「ヘタなのがいい」という意識で観せるものだから。「おやじカフェ」に対する僕の考えでは、目標はあくまで、一番高いところにあるべきで「いいや、下手でも」と思っていたらダメなんです。僕は、振付やタイミング、カウントなどは絶対に間違えちゃいけないと教え、練習はきびしくしっかりとやります。あくまで上を目指してもらいたいと。――そうはいっても特におやじたちにとってそれは限りなく難しいことです。おやじたちのいいところは、まさに「ものすごく一生懸命になっているけど、できない」ところ。本来は、あくまで完璧に作品を作り上げたいのだけれども、結果としてできない、というのがいいところなんです。だから、おやじたちのパフォーマンスでは、お客さんに一生懸命さや必死さが伝わってこなければいけない。「こんなもんでしょう」と余裕を見せている間は絶対にダメなんです。
 逆に、「もしも」、将来的におやじたちのダンスが最高にうまくなってしまったら、もはやおやじのダンスではないでしょうね。おやじカフェとしての価値もなくなるでしょう。

後編へ続く>>

伊藤キムさん 振付家・ダンサー。
1987年、舞踏家・古川あんずに師事。90年ソロ活動を開始。95年ダンスカンパニー「伊藤キム+輝く未来」を結成。96年『生きたまま死んでいるヒトは死んだまま生きているのか?』でフランス・バニョレ国際振付賞を受賞。01年『Close the door, open your mouth』および『激しい庭』で、第一回朝日舞台芸術賞寺山修司賞を受賞。05年「愛地球博」の前夜祭パレードで総合演出をつとめる。同年、白井剛氏とのデュオ『禁色』(原作・三島由紀夫)を発表。劇場作品だけでなく、パブリックスペースの階段を使った『階段主義』や、学校や美術館などを使った作品も多い。作品では、根源的なテーマとして「日常の中の非日常牲」を、風刺と独特のユーモアを交えて表現している。05年から06年にかけ、バックパックを背負って半年間の世界一周の旅に出る。08年横浜文化賞文化・芸術奨励賞受賞。現在、京都造形芸術大学准教授。

伊藤キム公式ウェブサイト

Singapore Arts Festival 2012

シンガポールで総合アートフェス-伊藤キムさん「おやじカフェ」も来星(シンガポール経済新聞)

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