特集

【Singapore Arts Festival 2012特集】
シンガポール版「おやじカフェ」を実現
ー振付家・ダンサーの伊藤キムさんに聞く(後編)

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シンガポールでは「おやじカフェ」でなく「ブリッジ・カフェ」というタイトルになっていますね。  

 いろんなことをイメージさせるタイトルにしました。一義的には、カフェの場所が橋(エスプラネード・ドライブ)のたもとにあるからです。でも、それだけでなく「ダンスとお客さんの間の架け橋」 「世代間をつなぐ架け橋」などの意味が込められています。日本では純粋に高年齢の「おやじ」だけを出演させましたが、シンガポールでは「ユース」(=若者)のグループも出演させています。フェスティバル主催者に、おやじだけでなく、若い世代もフェスティバルに参加させたいという意向があったので、若者たちとも一緒に作り上げました。

日本版と違う印象はありますか?  

 「フェスティバル・トーキョー(略称=FT)」でやっていたときのおやじたちの平均年齢は42~43歳くらいでした。シンガポールの参加者はほとんどが60代以上で、多少年齢が高いため、動きが鈍い気もしますが、今のところそんなに大きな違いは感じないですね。ただ、日本と比べると、おやじたちもお客さんも、オープンかもしれません。それなりの緊張感はあったと思いますが、初日から割とラフに楽しんでもらえたという実感があります。「ヒュー」とか「イェー」とかの歓声があがって、ノリノリでしたね。

息ぴったりのシンガポールおやじとユース

今後も違う国で「おやじカフェ」をやってみたいと思われますか?  

 そうですね。もっといろいろな所でやってみたいし、「おやじ」という言葉を、もっと国際語にしたい。「カワイイ」とか「マンガ」などと並んで、「オヤジ」が国際語になるといいなと思っています。僕の知る限り、おやじとしてのパフォーマーがいるカフェなんて、世界中で唯一無二の場所なので、それはぜひ体験して欲しい。

そのうちに「メードカフェ」ならぬ「オヤジカフェ」なんていうものができてしまうかもしれませんね。

 おやじカフェがメードカフェのような商業ベースになってしまうのは「そうなっちゃっていいのかな?」という気はしています。そうなると、マニュアルができ、おやじたちは皆、タレント化していってしまいます。芸という手あかにまみれてしまい、僕が本来やろうとしていたような、日常から離れ、新鮮な気持ちで自分自身を再発見するための機会ではなくなってしまうでしょう。東京、北九州、シンガポールでも全て、おやじたちにはボランティアで参加してもらっています。お金を得るための活動でないこともそうですし、「一期一会」というか、「いま、ここでしかないんだ」という初々しさが魅力。――僕がやりたいのは「ずっと続くわけではない、幻のようなおやじカフェ」なんです。

サプライズで駆けつけた日本のおやじたちとキムさん

「おやじカフェ」、奥が深いです。一見単純に見えて、実は厳しい条件の上に成り立っているんですね。

 僕、もともと大学では社会学を勉強していたので、世の中をひいた視点で見ることが好きなんです。今やっていることなんかまさにそうです。僕の場合は「体を動かす=ダンス」がそのための手段です。素人の方にとってダンスが自分自身を見つめ直す機会でもあり、自分のおかれている立場、社会、コミュニティなどを見つめ直すきっかけになればいいと思っています。ちょっと奢った言い方になるかもしれないけど、それが社会そのものにとって、そういった機会を持つことが、とても意味のあることなんじゃないかと思うんです。
 生涯学習という言葉をよく聞きますが、これはまさに学校や会社を経験した後に自分自身を再発見する場です。社会の中に生きる人間として、社会にまみれずに自分を保ちながらも、いかに社会と協調しつつ生活していくか―――という意味で大切です。もちろん、ダンスだけでなくて、文章を書くとか、趣味で生花をやるとか、蕎麦を打つとか、いろんな方法があるでしょう。僕の場合、自分がダンサーだからというのもありますが、ダンスは最も原初的な手段だと考えています。体を使うっていうのは、人間にとって一番身近な、誰もが持っている道具を使うということだから。それを使うことは、車に乗るとか、パソコン使うこととは違います。その一方で、体を動かすといっても、例えばヨガなどはまた少し違うかもしれない。決められた動きやポーズをとるだけでなく、ダンスでは、それ以上のことを自分で工夫していかなくてはいけないからです。ある意味、ダンスはとてもリスキーな活動なんですね。小さい子どもが外に出て行って「わーっ」と遊ぶのに似て、ダンスをすることそのものよりも、体を使って大いに遊びつつ、自分を見つめ直す、というのがダンスをすることの意味です。
 おやじカフェのようなプロジェクトは、自分の身ひとつで関わる行為。自分の体のどこを、いつ怪我したというような自分自身の歴史を思い出すこともあるだろうし、あれをやるとここが痛むな、最近運動不足だな、という現在の自分の状態を確認することもあるだろうし、どうしても自分を見つめ直さざるを得ないでしょうね。

今、伊藤さんが一番興味があることは何なのでしょうか。

 実は、自分が踊ったり、作品を創ったりすることには、ほとんど興味がなくなっているんです。それよりも、一般の人を巻き込んだ、いわゆる「自分発見プロジェクト」みたいなものに興味があります。おやじカフェや、学生のワークショップなどをやることで、僕自身も新鮮な発見がある。「作品を創りたいな」というのが純粋な動機だとすると、ここ7年間ほどは、不純な動機のない創作はやっていません(笑)。ダンスの中だけだとつまらないので、どんどん、ダンスの外へ出て行っています。
 それから、今に限ったことではありませんが、言葉には刺激を受けますね。言葉そのものというよりは、言葉を使って主張をすることや、発言をする行為に関心があります。昨年FTで「演説会」というパフォーマンスをしました。演説といっても、口を塞いだまま演説していて何を言っているかはほとんど聞き取れませんし、ダンス的な動きもない。そういうパフォーマンスでした。
 今の時代は、ツイッターやフェイスブックで、気軽に誰もがいろんなことを公にできてしまいます。便利である一方で「それでいいのかな?」と思うことも。例えば、2人でこんな風にしている会話が、みんなに聞かれているのと同じですから。イベントとして行われているトークセッションではなくて、個人的な会話の場にたまたまマイクがあり、みなに聞こえているような状況――ツイッターやフェイスブックで発信することがこういう状況と同じであることに、本人は気付いているようでいて、本当は気付いていないんじゃないかと思います。
 もちろん、自分も公演のことをツイッターで簡単に告知したりしています。以前はもっと気を遣って、チラシが出る前には情報を一切漏らさないようにしていたのに、今は、ある程度の情報が固まった時点で、バーっと出しています。全体的に、言説が軽くなっていますよね。こういう現実に対して「いいのかな?変だな?」という自分の感覚があります。
 「演説会」だけに限らず、「言葉の発信」という問題が、今の自分の表現につながっていっていくと思います。つながる先がダンスなのかそうでないかはその時次第、ですね。

(おわり)

前編はこちら>>

伊藤キムさん 振付家・ダンサー。
1987年、舞踏家・古川あんずに師事。90年ソロ活動を開始。95年ダンスカンパニー「伊藤キム+輝く未来」を結成。96年『生きたまま死んでいるヒトは死んだまま生きているのか?』でフランス・バニョレ国際振付賞を受賞。01年『Close the door, open your mouth』および『激しい庭』で、第一回朝日舞台芸術賞寺山修司賞を受賞。05年「愛地球博」の前夜祭パレードで総合演出をつとめる。同年、白井剛氏とのデュオ『禁色』(原作・三島由紀夫)を発表。劇場作品だけでなく、パブリックスペースの階段を使った『階段主義』や、学校や美術館などを使った作品も多い。作品では、根源的なテーマとして「日常の中の非日常牲」を、風刺と独特のユーモアを交えて表現している。05年から06年にかけ、バックパックを背負って半年間の世界一周の旅に出る。08年横浜文化賞文化・芸術奨励賞受賞。現在、京都造形芸術大学准教授。

伊藤キム公式ウェブサイト

Singapore Arts Festival 2012

シンガポールで総合アートフェス-伊藤キムさん「おやじカフェ」も来星(シンガポール経済新聞)

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