特集

「シンガポールの帰国子女教育(前編)― 子どもの力を引き出す―」
KOMABA塾長 石川晋太郎さん

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子どもが本来持つ能力。それを引き出す教育をしたい

KOMABAはどのような教育方針で生徒を指導しているのですか?

 「自律」と「自立」をゴールとして掲げています。どんな仕事をしていても「楽しんでできること」が一番大事だと思っています。自分が楽しいと思ったり、やりがいを見いだせたりする仕事、社会貢献をしているという充実感を得る人生。それを見つけること、見つける能力を身につけることが指導のゴールと考えています。

塾長がそのように思われたきっかけは?

 私は若いころ、ミュージシャンを目指していました。バンドマンだったんです。プロを目指してライブハウスで歌って、大学を卒業して26歳までメジャーを目指して活動していました。残念ながらプロにはなれませんでしたが、夢に向かって努力をしていたこと、それは自分にとって大切な時間だったと思っています。それと同時にNGO活動にも興味があって、開発途上国の支援に自分ができることはないかを考えていました。メジャーデビューを諦め、26歳のとき青年海外協力隊の募集にチャレンジして、アフリカのジンバブエに行くことができました。

(ジンバブエ時代の石川先生)

ミュージシャンを経て、アフリカで小学校の先生に。生きることの大切さと楽しさを発見する

アフリカではどんな仕事をしていたのですか?

 音楽の先生として現地の小学校へ行きました。ジンバブエという国に行ったのですが、日本との違いに最初はショックでした。水が出ず、電気も使えない。その当時、ジンバブエは平均寿命37歳の国でした。HIV感染者が国民の4割ともいわれていました。マッチに火をつけてたき火をたき、顔を洗う水をどうやって工面するか。洗濯一つとっても大変でした。生きるということの根本的な意味を考えさせられる経験でした。

アフリカの子どもたちは日本の子どもと比べて、どのように違いましたか?

 私の赴任した小学校の生徒の3分の1は孤児。学費が払えずに留年を繰り返し、16歳の小学生という生徒もいました。学校を出ても畑を耕したり、一次産業に就いたりするのが当たり前の国です。赴任当初は「この子どもたちに未来はあるのか」と自問する日々が続きました。しかし、しばらくその村で暮らしていると、生きることに純粋な村民の心は、社会に圧迫されて生き続けている日本人よりも、実はずっと豊かで幸せなんじゃないかと感じ始めたのです。その思いは学校での指導が長くなるにつれて増していきました。子どもたちは新しい知識を入れることが楽しくてしょうがないのです。みんな学校が好きで、教科書すらない環境で、得られる学びを全身で吸収していました。

 日本では、学校に行けるのが当たり前、塾に行けるのが当たり前。本来、自発的に楽しいと思うはずの学びが、日本では周りから与えられるものになっている。その違いを目の当たりにし、「本来、学びは楽しいもの。子どもが本来持っている能力を引き出せる教育をしたい」――それが私の教育方針の根本になりました。

(音楽の先生としてジンバブエに赴任)

シンガポールでの帰国子女教育 海外で教育することの光と影

シンガポールでの教育について日本との違いはありますか?

 海外にいる日本人は同じ境遇だと思いますが、海外に住んでいるため地元の基盤がありません。滞在期間も個々で違いますし、日本人学校なのかインター校なのか、ローカル校なのか、子どもが通う学校が異なり、休みも教育内容も違うので「共有できるもの」が日本で地元で暮らしている子どもと比べて少ないです。日本に帰るときにも、それぞれ違う場所に帰ります。日本だったら、祖父母がいたり、地元の行事や風習で共有できる文化資産や共通概念があります。シンガポールでは、子どもたちの置かれている状況が日本と違います。だから当塾では「一人一人と向き合うこと」を強く意識しています。その子がどんな背景でシンガポールに来ているのか、塾に入ってどのように成長したのかなど、個性を尊重しながら見ていくことを重視しています。

シンガポールならでは子供の特徴はありますか?

 いわゆる素直な子、良い子が多いです。先生に怒られたらシュンとする。反抗してくる子は少ないですね。でもこれは表面上「良い子」なのですが、その裏側に危険もあると考えています。

裏側とは、どのような意味でしょうか。

 言うことを聞かない時期、親や先生や社会を否定したい時期というのは成長過程に必要だと思っています。きっと今、例えば尾崎豊が何を言っているか分からない子が多いのではないでしょうか。しかし、あまりに素直過ぎる子は将来、自立できない危険性をはらんでいるように思えます。与えられることに慣れてしまい、自分で自分を見いだすことができないのです。自分の能力を高める手段を周りの人が勧め、素直に受け入れてきた分、大きくなったときに自分が何をしたらいいのか、何が楽しいのか分からないという相談をよく受けます。帰国後、大学生や社会人になってこの悩みに直面するケースがあります。

  もう一つ、将来やりたいこと、なりたい職業選択のイメージの幅が狭い気がします。これは子どものせいではないのですが、シンガポールに駐在に来る親の層や職種が日本や他国に比べると狭いです。つまり同種が多いということです。仕事のイメージは友達の親や地域の産業などから影響を受けることが多いと思いますが、ここには漁師や農業で来る人はいませんし、そういう意味で夢を幅広くイメージしにくい環境だと思います。

「面白い」と思わせること。ショッピングセンターを「美術館」に見立てた取り組み

帰国子女特有の問題点があるなかで、どのように解決したらいいのでしょうか?

 やはり学びを「面白い」と思わせること。そして子どもが本来持っている能力を引き出すようにすることです。

具体的に、どのようなことに取り組んでいるのですか?

 例えば、総合学習という科目や受験に捉われない授業を取り入れています。一つの事例ですが、塾があるタングリン・ショッピングセンターは骨董品店が多いビルなのですが、これを「美術館」と捉え独自の授業を行いました。フロア別にチームに分かれて、自分の好きな絵を選び鑑賞文を書きます。その鑑賞文を他のチームに見せて、どの絵を書いたか当てるゲームをやりました。

絵を見て書くのではなく、自分で選んだ絵を当てさせる、逆転の発想ですね。

 「書きたい」「伝えたい」という気持ちを掘り起こすしかけを意識しました。まずは基盤となる鑑賞文の書き方の指導です。鳥がいる絵の場合「鳥がいます」と書いても意味がありませんので、今回はテーマを2つ与えました。1つは、絵から聞こえてくる「音」を書くこと。2つ目は「ストーリー性」です。「おじいさんが座っています」ではなくて、そのおじいさんがどうして座っているのか、そこから物語を想像するのです。その2つのテーマを元に、自分で好きな絵を選んで鑑賞文を書き、相手に当てさせる。子どもたちは期待以上の文章を書いてきてくれました。

(骨董品店が並ぶタングリン・ショッピングセンター)

この取り組みから、どのような効果が得られるのでしょうか?

 こういう力はまだまだ受験には反映されないし、点数化できないものです。成績と直結する取り組みではないかもしれません。しかし、目標が見つけられないと悩む帰国子女が多い中で、学びも経験も身の回りのことからスタートするものだと思っています。今回は絵でしたが、日常にはこのようなヒントがあふれています。「ちょっと興味をひいたらすごく面白いことって身の回りにたくさんあるんだよね。ましてや、多文化のシンガポールにはその材料があふれているよ」と講義の最後に子どもたちにメッセージを送っています。(後編に続く)

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