特集

「シンガポールの帰国子女教育(後編)― 英語習得と母語の確立―」
KOMABA塾長 石川晋太郎さん

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英語力、その前に伝えたいと思う気持ちの醸成が大事

日本の英語教育についてどのように感じていますか

 学校教育の観点でいうと、国語や英語など言語科目は理科、社会、数学など横並びに位置しています。しかし言語科目が他の科目と違うのは、それを使って何をするかです。そもそも、国語と他の科目が横並びというのはおかしな話で、国語教育は全体の包括としてあって、その上に他の科目があるわけです。英語もそうあるべきなのですが、日本の英語教育は「単語の意味を答えなさい」「並び替えをして英文を作成しなさい」など実用に即していない形で指導されています。

英語の前に必要なものとは?

 英語を使って何をするかを問われるのは大人になってからだと考えています。大人になったときに英語力が高かろうが低かろうが、それを使って人生をもっと豊かにしたいと思うかどうか。そう思わせる教育が並行にないといけない。いくら英語が堪能になっても、それを使ってみたいという気持ちが醸成できていなければ、その子の将来は心配です。英語が苦手でも面白いことをやってみたい、伝えたいと思っている人は、必要な時になったら上達します。

(緑が見える教室の風景)

母語がおそろかになることで、どんな問題がでてくるのでしょうか

 母語でしか言語力は伸ばせません。いくら英語が堪能になっても、母語が止まっていたら語学力はそこで止まります。ある大学生のケースですが、その子は英語の成績が優秀で映画も聞き取ることができるし、英文を読んでいても意味を理解できます。しかし、それをコミュニケーションツールとして使うとなると途端に言語レベルが下がってしまいます。知ってる英単語を使えないのです。何かを伝えたいときに出てくる英語は、幼稚なものしか使えません。つまり日本語が幼稚なのです。「話している内容が理解できている」ということに安心して、語学習得を進めていくのは危険だと思います。

何に気をつけるべきでしょうか

 特にインター校や現地校の子どもたちですが、母語である日本語をきちんと家庭で身につけ、ある程度の年齢以上になったらどこかしらの教育機関で日本語を学ぶことです。逆算的にいえば、どの年齢から英語教育をしても不可能はないと思います。英語教育において気をつける点は2つあります。1つは、子どもの能力によるということです。日本でも同じですが、子どもの学力の差は年齢と共に広がっていきます。同じ言葉を教室で聞いていても、どれだけ吸収できるかはその子の能力によって異なります。そのことに気づいていない。特にインター校に通わせている親にみられます。「インターに通っている」というだけで「日本の子より英語力がある」ということに安心して、それ以上を考えていないことが多い気がします。インターに通わせていても、子どもの英語力には差がありますし、補習校や塾で学んでいる日本語にも差があります。

 2つ目は、親がどれだけその事実に気づいて普段の家庭で教育しているか。インターに行っていて、母語もしっかりしていて順調な家庭と、これは将来大変なことになるなと心配になってしまう家庭があります。

本を読むことで鍛えられる能動的な学習能力

自分の子どもが問題なく日本語と英語を習得していっているのか、それはどのように見極めたらよいのでしょうか

 極端な例でいえば、両親が日本人で、子どもをインターに行かせていて、家庭内が英語。これはまずいです。小学生のケースでいうと、本を読めるか読めないかです。子どもは本来、本を読みたいものなんです。そこには新しい知識がたくさん詰まっているからです。しかし「うちの子、本を読まないんです」と悩んでいる親は多いです。それは言語力の問題ではなくて、子どもらしい思考力を使って本の中身をイメージする力が幼児・小学校低学年のときに、きちんと育っていなかったことが考えられます。

何が原因と考えられますか

 ユーチューブをはじめ、刺激が受動的なもので埋めつくされていることは一つの大きな要因です。読書は能動的なものです。自分のペースでページをめくることができるし、ある言葉で立ち止まることも自由。戻って何度も読み返すことができます。しかしアニメーションやユーチューブだと、決まった時間に映像が終わり、内容が分からなくても同じタイミングで終わります。これに慣れてしまうと、子どもたちは早い段階で、自分が分かるものと分からないものの選別を始めてしまいます。特定の興味をひくものには執着するのですが、分からないものを受け入れないのです。分からないものを受け入れていくことで自分の世界を広げる、そのきっかけを失ってしまっています。それを広げるのは本なのだと私は考えます。

本を好きにさせるには、どうしたらいいですか

 例えば幼稚園のときに、読み聞かせを大切にして欲しいです。それに加えて、問いかけをすることです。「どうして、ねずみは泣いちゃったんだろうね」など質問を投げるかけることで、立ち止まって想像する力を養うことができます。

(塾内の風景

2020年教育改革で広がる格差

グローバリゼーションが叫ばれるなか、日本の教育も改革をスタートします。この改革をどのように捉えていますか

 子どもたちにとって必要な改革の内容だと思っています。前回の教育改革とは異なり、今回は経団連が強くかかわっていることからも、日本の未来のための大きな改革になると感じています。しかし、それをどこまで実践できるかという不安はあります。特に現場の問題ですね。

具体的にはどのようなことですか

 例えば、論文形式のものを大学入試に入れるといったときに、何を評価し、どういう教育を見直さないといけないのか。そこを議論すべきなのですが、現在はまだ、どのような採点システムにするかの答えが出ておらず、どのような教育を推し進めるかという内容が、現場に浸透していない気がします。解決方法がまだ見えないから、現場では懐疑的になったり、入試の評価方法が確定してから対応しようとしている現場の様子も伺えます。しかし、それでは結局、テストのための学習に逆戻りしてしまう可能性があります。

英語についていえば、どのような変化があると思いますか

 私学と公立の差が大きくなると思います。経済的な教育格差が広がると思います。まず現在の公立の小学校の先生が英語を教えるのは難しいです。採用のときに問われていませんからね。では外国人の先生を導入するといったときに、その費用は各自治体が拠出しますが、その予算はありません。ですから、いま在籍している先生たちでやっていくしかないという方向性です。その先生を積極的に導入できるのが、改革に前向きな私学です。まずここで差が生まれると思います。英語教育が一番色濃く差が出てくると考えられます。

 ALT(外国語指導助手)が増えることも予想されます。日本にしか住んだことがない子どもたちは、西洋人に「Hello」と挨拶するだけで非日常を感じて満足してしまいますし、学校現場も教師の質を問わずに、何となくその体制に満足してしまうことがあります。しかし、彼らは教育が本業ではないことも多いのです。英語を母国語としているというだけで、指導の役割が与えられます。でも、英語を教える技術は平均的に決して高くはありません。日本人教師が国語を教えることと同じで、指導には技術も必要ですし、教育者としての情熱も、人格も不可欠です。そういった視点が欠けたまま、人数だけ増やすということは今後考えられます。

改革の内容は良いが、実践に移すには大きな課題が残っているのですね

 受験も含め、高い英語力が求められるようになる中で、教えられる先生が学校にいない。そうなると英語の習い事を始める人が増えるようになります。例えば大手英会話スクールは、この改革による英語教育は成り立たないことを既に視野に入れ、学校教育に沿った指導を取り入れることを検討しているでしょうし、その準備を既に始めています。学校の現場でやろうとしていることの、ずっと先を進めているといえます。

 その時に何が起きるかというと、英語教室に通える子と通えない子の差が広がっていくことです。それは都市部と地方の格差も生みます。人口の多い場所で教室数を増やし、地方の子はそこに通えるチャンスが少ないわけです。それを心配しています。

大学受験では、どのような変化があるのですか

 例えば、数年前にできた「TEAP」が大学受験の英語科目に置き換わる流れがあります。「読む」「聞く」「書く」「話す」の4技能を試す試験でないと、大学は評価しなくなってきています。そうすると現在の高校英語は、このままでは機能しなくなり、4技能を指導できる先生が今の高校にいないという問題が出てきます。そして更に地方格差を生みます。TEAP2016年現在、全国12会場しかありません。田舎に住む生徒は試験会場まで新幹線に乗って往復しなければならないなど、やはり都市部に住む生徒と差が生まれることが考えられます。

今後の教育改革を視野に入れ、いまやれるべきことをスタートするのが良さそうですね

 教育改革は間違いなく進みます。ただし、入試が変わるから学習内容を変える、ということではないと考えています。子どもたちのより豊かで幸せな未来のために教育が変わる必要があるのであって、それに伴って指導方法や評価方法が変わるのだということを忘れてはいけないと思います。シンガポールは別ですが、東南アジアの開発途上国と比べると、日本ははるかに経済的に恵まれています。そんな私たちの幸福度が高くないといわれている背景には、日本の教育システムが抱える問題が根強いはずです。グローバル社会に適応する力を育成するための教育改革ではありますが、それは日本人としての色を薄めてグローバル化していく、ということではないと信じています。ましてや、英語力が高まったけど日本語力が下がり、アイデンティティーを失い、結果世界に誇れる日本人の良い点を失うことになってしまっては、取り返しのつかないことになってしまいます。私たち現場の指導者は今、そのための学びに取り組む勇気が試されていると思います。できないことを陳列して日和見している場合ではありませんし、それは目の前の子どもたちに失礼です。また、それを進めるために保護者の方々ともっと情報を共有し、話し合い、理解を深めていかなければなりません。

 私たち学習塾KOMABAは海外にあります。日本よりもはるかに英語力を高められる環境にあること、宗教や異文化の多様性を享受するための柔軟な心を養う「教材」が目の前に溢れていることは明らかです。従来の塾の概念にとらわれない、子どもたちの未来のためを考えた学びを進めていけば、結果的に教育改革にも沿うものになるはずです。繰り返しますが、それは入試制度の改革を待って適応させていくものではなく、今すぐにやれること、やらなければならないことだと思っています。

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