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ミミガーとチキンライス-在星沖縄料理店と在日本星料理店の社長が対談

左:小柴さん(海南鶏飯食堂)、右:坂田さん(ミミガー)

左:小柴さん(海南鶏飯食堂)、右:坂田さん(ミミガー)

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 沖縄料理レストラン「ミミガー」(1 Nanson Road)で11月4日、同店坂田恵子社長と海南鶏飯食堂(東京都港区)オーナーシェフの小柴茂樹さんが対談を行った。

 小柴さんの来星のタイミングを待っていたシンガポール和僑会準備室が懇親会をセッティング。参加メンバーは坂田さん、小柴さんの他、坂本靖英さん(YSロジスティックス社長)、関泰二さん(シンガポール国際企業庁商務官)、太田智さん(P&G社員)、藤井大子さん(ANNONE社長)、岩田弘志さん(DIVERSOLUTIONS社長)の計7人。話題は料理や素材へのこだわりから、シンガポール料理の歴史、接客のポリシー、将来展望など多岐に及んだ。

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 小柴さんの海南鶏飯食堂は麻布と恵比寿の2店舗を運営。8年前の創業時よりシンガポール料理の研究を重ねるため年に3~4回来星し、通算20回を超えるという。フィールドワークを重ねて調査したシンガポール料理の歴史や背景は、社員教育のためというブログ「Singapore Food Blog」で垣間見ることができる。

 小柴さんのシンガポール料理の原風景は、1カ月間シンガポール滞在した約35年前にある。父親の出張中、子どもたちだけで街中を食べ歩いていたという。「今だったら考えにくいが…」と、小柴さんは当時のおおらかさを懐かしんだ。

 チキンライスを調理できるようになったのは、ロンドン留学中に留学生仲間から調理法を学んだのがきっかけ。その後ニューヨークの料理大学「The Culinary Institute of America」への留学直前に知り合った現パートナーがニューヨークでの苦学時代に小柴さんのチキンライスに癒やされたことも一因となり、「イタリア料理やフランス料理では差別化は難しい」とシンガポール料理店を作ることを決めた。

 ミミガーの坂田恵子社長は3年前に創業。前職は別の沖縄料理店「ニライカナイ」の料理長。ある内装デザイナーに声をかけられたのがきっかけで創業を決意。円満退社の後、営業を始めた。

 「チキンライスは、昔はおにぎりスタイルだった」「シンガポールにみられるバクテーは潮州スタイルのものばかり。福建スタイルのものはほとんど見られない。ニンニクとコショウだけで作る潮州スタイルのスープはおいしい」と、外来の料理がシンガポール風に変化していった様子を小柴さんは話す。

 「日本は新鮮な素材が豊富でシンガポールはいつもハンデを感じる。シンガポールでは良い素材に限度がある」と坂田さん。「私の実家は農家だが、日本の高品質な食材を海外の人にも届けたいと思ってシンガポールで起業した」と藤井さん。藤井さんは2人の子どもを連れて来星したばかり。夫を日本に残したままシンガポールでの子育てと起業に挑戦する。

 「ミミガーは琉球ガラスと織物をふんだんに使ったきれいな空間と洗練された料理を提供している。食堂や居酒屋形式に似た沖縄料理が一般的な中、5つ星ホテル内に展開されるすし店のように沖縄料理もいけるのではと思わせる」と岩田さんは想像を膨らませる。「在日本のシンガポール政府関係者もよく海南鶏飯食堂を利用すると聞く。シンガポール政府観光局には日本にあるおいしいシンガポール料理店を認定する制度があるが、海南鶏飯食堂も認定してもらえたら」とシンガポール企業の海外進出を支援してきた関さんは話す。

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